りんご園について 

国道17号布施河原の信号を南に曲がり、立て看板に従って山道を上がると広がるりんご園は
後ろを振り向くと谷川連峰が一望できる素晴らしい景観です。
ここみなかみ町布施の山あいで、原沢りんご園は、自然立地条件を生かした観光農業の芽を大きく花咲かせました。

1.義父との農業がスタート

~村内で初めての観光りんご園~
サラリーマンの夫との結婚を機に、私は義父の農業の手伝いを始めました。
当時、植栽して10年目位のりんごと小豆などを栽培しており、子供を出産後は児童館に預けて本格的に農作業に従事するようになりました。
その頃、山間地のりんごは、市場に出荷しても手数料にもならず、販売にも苦労していましたが、義父が戦後入植し、開拓したこの土地を荒らすことは絶対させまいと、試行錯誤していました。
そんな折り、りんごの新品種が改良され、高接更新による味のよいりんごが収穫できるようになりました。私は、故郷の長野県のようにりんご狩りを初めてはどうかと、思い切って国道の入り口に手作りの案内看板を設置してみました。

2.お客さんが喜ぶ農園を目指して

りんご狩りを始めた当時、国道の入り口から、自宅までの約3kmの道路はでこぼこ道で、この先に家があるとは想像もできないような状況でした。
私はせっかく来てくださるお客さんに迷惑をかけたくないとの思いで、村に簡易舗装をお願いすると、村も集落への道の整備として協力してくれました。
道が整備されると、手作りの案内板を増やし、お客さんにわくわく楽しみながら来てもらえるように工夫をしました。
そして、簡単な休息所や直売コーナーを設置したところ、来園者の数が徐々に増えていきました。
この頃から、勤めに出ていた義母は、家事を担当してくれうようになり、私が農園の仕事に熱中できるように応援してくれました。

3.農村レストランの開店

山の上まで登って来てもらうお客さんにもっと楽しんでほしいと思い、ウサギやアヒル、クジャクを飼いミニ動物園を作りました。
義父も沢の水を引いて岩魚や紅鱒の釣堀を作るなど協力してくれました。釣った魚を焼いて食べる囲炉裏の部屋も建て、平成元年には、農村レストランを開店させました。
自家野菜を使った当園オジリナルのぽっちゃん鍋や群馬の郷土料理などのメニューは、お客さんから「おいしい」と好評です。
農村レストランの建設は全て私の自己資金で少しずつ整えてきました。
今でもお金が貯まると、施設の改装や修繕を行っています。
リピーターが増え、年間1万人のお客さんが来てくださっている秘訣は「お客さんの要望に応えて、絶えず発展しているところを見せることを大切にしている」からだと思います。
さらに、花摘み園や漬物加工施設を増設し、売店での農作物や加工品の販売も始めました。 新商品の開発にも力を入れています。
また、憩いの空間を提供するための花栽培にも力を入れ、よりお客さんに楽しんでもらえる環境作りを心がけています。

4. 女性農業経営者の自覚

来園者の増加に伴って、収入も少しずつ増えてきた頃、農業経営の状況を把握するため、生活研究グループの講座や普及センターの青色申告講座に参加しました。
おかげで、家計簿記帳と農園収支の記帳と集計、決算を自分の力で行い、農家経営全体を把握できるようになりました。
義父が他界し、後を継いだ私は、農業の責任者になったので、りんごの栽培技術と知識を身につけるため、男性に混じって講習会等に参加し、夢中で学びました。
手作業で行う剪定や農薬散布、草刈り等の作業は、体への負担が大きかったことので、スピードスプレアーや乗用草刈り機をいち早く導入し、作業改善にも積極的に取り組んでいきました。
これらの努力が、観光りんご園を経営する基礎となり、経営者の自覚と自信につながると同時に、夫や家族からの信頼を得ることにもなったと思います。

5. 起業をより発展させるために

生活研究グループや加工グループの会長をはじめ、みなかみ町農業委員(3期目)、群馬県農村生活アドバイザー(平成8年認定)として、社会活動もしてきました。
特に家族経営協定の締結では、リーダーシップを発揮し、自ら率先して締結するとともに、地域の役となり、着実に成果を上げてきました。
また、女性の感性を生かした力強い農業経営・起業活動を多くの方に知ってもらうために、県内外の講演活動や視察研修の受け入れもしております。

6. 家族の協力で夢を実現

観光りんご園には、子供からお年寄りまで幅広い年代の人、妊婦さんや障害のある方など、多くの人が訪れてくれます。車椅子でもりんご狩りを楽しめるよう歩道を広くとってゆったりした公園のようなりんご畑を作れないかと考えています。
都会から嫁いできた息子の嫁は、田舎暮らし、農業、何も知らない中に飛び込んできて、夫を務めに出す側子育てをし、農業を手伝っています。観光事業に務めていて定年退職し、サラリーマン生活を終えて就農した夫とともに3人で作業の役割分担をしながら、それぞれの立場で協力し、農業の新たな夢に向かっている今日この頃です。